釣師が詩人になれる場所      足摺岬 松尾漁港周辺の磯の巻
秋の磯 松の小枝の 夕日かな fishon四国事務局


 昨年のことであるが、磯の写真集の相談で某釣師を訪ねる機会があった。地域の釣クラブを束ねる組織の長であるこのオッサン、あくまで私の個人的で勝手な想像だが、長年家業そっちのけで「今日はここの磯、明日はあそこの磯、この春は男女群島に3回目の遠征に行ったし、来年あたりは場所を変えてXX群島にでも行ったるか…。」などと来る日も来る日も釣りに明け暮れ励んできた自信というのであろうか、これまで無数の魚との対戦において数々の辛惨を舐め、あるいは勝利してきた経験というものであろうか、物に動じない雰囲気が備わっていて、なかなかに親しみの持てる好人物である。
 その日本各地をマタに掛け百戦錬磨の釣師が語るところによると、さる釣場では釣師がシジンになれると言う。
 シジン…?、最初その言葉の意味を理解できずに、「死人の間違いやろか?(でもシニンやな…)、まさか詩人?、でもシジンと言ったなあ…」などと目をパチパチさせながら心の中で呟いていると、「いろいろ行き回ったけんど、アコの垂れちゅう松の枝に沈む夕日は富士山よりもエイと思う。日本一ぜよ。アコへ行ったら皆なあ詩人になれらあヨ。」と繰り返した。私も含めて五十を過ぎた普通のオッサンには、「詩人になれる。」と口にするのは何だか少し気恥ずかしいような感じのある類の言葉であると思っているせいか、そのサラリとして躊躇いのない語り口が妙に印象に残っていて、感心させられたものである。
 そのオッサンを含む多くの詩人たちの話によると、その辺りでは、海底にぶち当たった潮が同時にあるいは次々に切れ目なく海面を持ち上げ、湧き立つように大きく鏡のような弧を描いて広がる様が磯の上からあちらこちらで見られると言い、その鏡の大きさや美しさは他の磯の追随を許さないものだと言う。その光景を想像してみるに、磯釣り若年者の私にとっては何だか空恐ろしい気がしないでもないのだが…。
 アコとは、沖の黒潮が土佐湾で最も早い時期に接岸する地域で、潮が速く、超大物・記録物の石物が釣れることで有名な足摺岬方面にある松尾漁港周辺のことを指したものである。

 某年、釣クラブの底物釣師が数名集まり、数日間泊り込みでこの周辺の磯を攻めたことがあった。その初日あたりに仲間の一人が80cmオーバーの記録物の石物を釣り上げて大騒ぎになったという。翌日少し遅れて磯へ行くと、昨日噂の石物を釣り上げたという仲間が既に竿を出していたので、挨拶を交わしながらクーラーの中を覗き込むと、やはりめったにお目にかかれないとんでもないサイズの美しい魚体が横たわっていた。「これが噂の奴か?」と聞くと、「いや、違う。今しがた釣れたばかりだ。」と言う。なんと彼は、一生のうちに釣れるか釣れないかという代物を2日連続で釣り上げていたのだった。その時は、なんという強運な男だと思ったという。数日後、その強運の釣師とともに磯に通う身内に、突然の不幸があった。それは、あまりにも尋常でない幸運に連鎖するかのような出来事であったため、ある意味必然であったのかも知れないと、その場に居合わせた組織の幹部である釣師が神秘的な面持ちで語るのだった。それ以降、その強運の釣師の姿を磯で見かけた者はいないということである。
 別の話をもう一つ。この辺りには今も残っている面白い風習があって、満月の夜かどうかは定かでないが、幾人かの新妻を含む女ばかりの乗った船が、ある地磯に建てられた海神様を祭る小さな祠へお参りに来るという。新妻の下半身には腰巻があるのみで、その小さな祠の前に立ち、秘めやかに大事な部分を海神様にお見せして、漁師であるダンナの無事を祈るのだそうである。沖でシケに遭った時に、「お前の女房は、ワシに大事なXXXを見せてくれたので、その代わりにお前の命を助けて進ぜよう。」などと言って、海神様は漁師を助けるのだろうか?
 日の沈んで間もない頃、長老らしきおばあちゃん率いる女性ばかりが乗った船を目撃したことがあるとオッサンは言ってたけど…。
 釣りには他の楽しみ方もあるということなのでありましょうか。勉強になりました。(礼)