アームチェア・フィッシャーマンの憂い      夏の某磯の巻
肉の味 磯に漂う 夜釣りかな fishon四国事務局


沖の島母島港より三ノ瀬、姫島を望む

 戸内に居て地図を眺めたり、釣場情報を読んだり、パソコンで釣果を検索したりして、アアであるか、コウであるかと一人で部屋の中で想像しては遊んでいるインドア・フィッシャーマンのことをアームチェア・フィッシャーマンと呼ぶようである。
 であるならば、釣りには行けず一人でパソコンを前にココの釣場はコウであった、アソコの釣場はアアであった、今後はコレコレが有望であろうかなどと毎日セッセと釣場の動向を釣りファンの皆様にお知らせする我が身は、想像に遊ぶ暇のない薄幸なアームチェア・フィッシャーマンであろうか?...。

 私の少年時代は高知県の中部であった。その頃は魚類図鑑の分布図そのままの光景があった。毎日毎日私は魚取りに夢中で、石で組まれた河岸のあの辺りにはウナギの穴が幾つあるかぐらいは意図も簡単に覚えたし、時折父に連れていかれた地磯では必ず大型のグレをはじめとする数多くの魚が群れていて、その乱舞する姿に目を輝かせたものである。
 その後、長い間コンクリートの皮を被った建物や道路に埋め尽くされた大都市に暮らし、数十年関東近郊の釣場でミート・フィッシングに勤しんできたのだが、帰省を繰り返すたびに少年時代の光景が失われていくことを感じつつも傍観者として過ごしてきたのだった。
 今の高知はどうであろうか。近所の田んぼの水路には小規模ながらもメダカの学校が存在し、小ブナ釣りしかの川や超大物のグレ、石物の釣れる磯もところどころに確かに残っていて、それはそれで限りなく喜ばしいことではあるのだが、しかし、そんじょそこらの名も無い磯で記憶の奥にある夥しい数の生き物の群れに出会える機会はことごとく喪失の一途を辿り、今では皆無に等しい状況になってしまったようである。
 当地と大都市近郊の釣場とではその豊饒さにおいて測る物差しが全く違っていて、今もなお大都市圏のフィッシャーマンなら涙を流して喜ぶ釣場に満ち溢れていることに間違いはないのだが、昔日を知るかつての少年釣師にとってはあまりに寂しい思いが立ち込めるのである。

 さて、九月に入ったばかりの今の時期、磯釣りはオフシーズンにあたる。日中の釣りは過酷で、好天に恵まれると私などには自殺行為に等しく、釣り始め1、2時間ほどでメデたく脱水症状が出来上がってしまうほどである。やはり、まだしばらくは夜釣りでやるのがよいのであろう。
 人伝に聞いた話だが、その夜釣りの楽しみ方について新しい発見をしたという某氏の話を耳にした。
 お盆前の某日、某島の某ナガハエという磯で夜釣りをしていると午前零時を過ぎたあたりから、逆に転じた風によって辺りにモウモウと煙が立ち込めるようになってきたそうである。海の真っ只中に火事が起こる筈もないのでどうしたことだろうと思っていると、焼肉の匂いが流れてきたというのである。そういえば、昼間乗船するときヤタラメッタラ多量のビールを積み込む強者の釣師と思しき一行を目撃し不思議に思っていたし、釣り始めてしばらく経った頃から近隣の磯がヤケに騒がしいナと感じていたことなどを考え合わせると、その謎が解けた。
 彼らは、磯のバーベキューパーティを催していたというのである。ナントいう豪胆な発想と実行力であろうか!
 磯の夜釣り初心者であり小心者の私には、にわかに信じがたいお話である。この先どんなに磯の夜釣りに精通しようとも主催者になるのは到底無理であろうと思われるが、一参加者として強者の釣師が5名以上参加するという条件でのお誘いなら、密かに参加申し上げたいと思うのである。あくまで、強者の釣師が参加するという条件ですゾ。
 某氏によるとその一行の釣果は当然の如く奮わなかったようであるが、バーベキューの跡は何事もなかったかのようにきれいに掃除されていたということである。

 磯の楽しみ方もいろいろとあるようであるが、憂い無く、くれぐれもお気をつけてお楽しみ下さるようお願いしたい。


沖の島母島港の風景